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Essay No.
内容
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06.15.2011 ess-1
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

 神々の火を盗んだプロメテオス

 我がウエブサイトの構成を根本的に改変して、心機一転してキックオフするに際して、英紅炎は、このEssay/Criticismをこのようなタイトルで始めることにした。
 それは、時あたかも、3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う大津波によって、福島第一原子力発電所で大事故が起こり、今なお事態は収束せず、今後どのような予測できない大惨事が起こるか予断を許さない状況にあるからだ。
 古代ギリシャの神話では、プロメテオスは天界の統治者ゼウスの支配する神の火の源である太陽から火を盗んでそれを人間に与えたことになっている。だがそのプロメテウスの行為はゼウスの逆鱗に触れ、それがためにカウカソス山の山頂の岩に終生縛り付けられる罰を受けてしまった。プロメテウスは、万物の霊長たる人間が神の火を手に入れることによって、将来光に満ちた豊かな生活を送れるようになれることを願ってその行為に及んだのであり、「何れそのうちにゼウスの怒りも解ける」と信じて、その刑罰を甘んじて受けた…、という筋書きになっている。
 神の火を手に入れた人間どもが最初にその火を使ったのは、原子爆弾という、途方もない破壊力を持つ悪魔の道具だった。一人が一度そのような道具を使うことを覚えると、人間どもの内から我も我もと先を争ってそのような悪魔の道具を製造し保有することに現を抜かし始め、ついに人間どもはもとより地上の全ての生きとし生けるものを跡形もなく破壊し尽くすほどの量に達してしまっていることに気付かされることになった。それが核兵器保有競争の顛末だった。
 やがて、そのような人間どもの中から、良識と良心を持ったものが現われ、神の火、すなわち原子力を人間の手で使用することは止めよう…、と主張しだした。だが、人間どもは、「原子力の平和的な利用」と称して、一方でなお悪魔の道具、核兵器の製造と保有の可能性を残しながら、「人類の生活を明るく豊かにする…」とて、原子力を発電のために使用しだした。
 その後半世紀を経て、数多くの原子力発電所が増設され、それにつれてその発電の過程で生まれる放射性物質によるさまざまな由々しい事故が発生した。外でもないこの放射性物質こそ、ゼウスが知恵の足りない人間どもや悪魔の手に渡ることを怖れたものだった。それにもかかわらず、多くの人間どもが鐘と太鼓で発電所増設に邁進した。その原子力発電所の造設を積極的に推進した者たちは、「原子力発電設備には、何重もの防護策が講じられて重大な事故が起こらないようにしてあるため」、絶対に安全なのだ…」と言い募って、しゃにむに進んで、悲惨な事故の起こる可能性を省みることなく、慢心していた。
 3月11日の福島第一原子力発電所で起こった事故は、そのような者たちに与えられた鉄槌であり、天誅以外の何ものでもなかった。学者、技術者、政治屋、役人等々、手に入れた神々の火を利用することに現を抜かして原子力発電所の造設を推進してきた者共は、自らの主張を真っ向から否定されて、ただ瞠目して唖然となり、的確な対処の術を知らずに右往左往して上を下への狼狽ぶりを示している。地震大国である我が大和の国では、このような事故が起こりうる可能性を早くから想定し、警告を発していた者たちでさえ事態のあまりにも重大さに震撼して為す術を知らなかった。
 何しろ、福島第一原子力発電所の今回の事故は知恵の及ばぬ人間どもの推定した範囲を遥かに超えて、全ての多重の防護策が儚くも潰え去って起こった事故であり、一回の事故で、四基の原子炉が破損し、これまで使用された悪魔の道具、原子爆弾の数万発分の放射性物質が全世界に向けて放出され、なお事態は収束することなく放出され続けているのだから故無しとはしない。
 知恵の及ばぬ人間どものしでかしたことにはかかわりなく、地獄の底で蠢く人間どもを眺める釈尊の温かい眼差しのように、ゼウスの支配する天の火は、遠く一億五千万キロを隔てて、なおその豊かな光と熱を送り続けている。プロメテウスが人間どもに期待したことは一見実現したかに見えたが、その裏でプロメテウスが予想だにしなかった事態が人間どもの棲むこの地上で展開されている。それを見るにつけて、プロメテウスは人間に神の火を与えてはいけなかったのではないかと思わざるを得ない。//

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