What's New (最近の更新事項)

2013年1月30日
 艶本短編集を三度見直して、校正し特に「痴女」と「拾った男」の用語を変更し、後者のかなりの部分を加筆して書き換え、本日改訂第四版として公開しました。2012年11月15日に述べた「小吉物語」第三版のillustrationの追加は、別の理由のため〔三味線の練習を始めた〕、興味が三味線に移ってillustrationを仕上げる気力も湧かず、全く手付かずの状態で、当分果たせそうにありません。兎に角、今は三味線の練習にほとんどの時間を費やし、それが過剰だったようで、左手の人さし指と中指、骨折の後遺症のある親指の付け根の筋と関節を傷めてしまう有り様ですが、練習量を大幅に減らして、尚痛みを堪えて中断しないように…と、年寄りの冷や水ながら、「石の上にも三年…」と自らに云い聞かせて、励んでいます。
2012年11月15日
 「小吉物語」の第三版の公開を何とか予定通りに今日果たしましたが、一部追加するillustrationの完成が遅れて、後日それらが完成し次第、補追として加えてPDFファイルを差し替えることにせざるを得ませんでした。このファイルは、いまのところ、「艶本」のサブサイトのトップページでNEWの紹介の棚の表紙のサムネールをクリックして直接開くことができるようにしてあります。
2012年10月31日
 1月17日付けで英紅炎のこのサイトの更新を中止して以来10ヶ月間の空白の後、久方ぶりにサイトの更新をしました。予定では、英紅炎はこの世から消えて、このサイトも削除されていたはずでしたが、何事も目論見通りにいかないのが人の世の常、紆余曲折の末に、英紅炎もこのサイトも生き残り、存続することになりました。この間の空白は、英紅炎が再び気力を奮い立たせて、創作活動の見直しやサイトのプログラミングの更新に当たるのに必要な時間でした。トップページと共に艶本(えほん)のサイトを大幅に更新した他、いくつかのサイトも小幅な変更を行いました。艶本では、「現代艶本短編集」と「小吉物語」の合巻本に大幅に手を加えて、それぞれ第三版として公開すると共に、未完成だった「続・青春の噴門」を40ページ足らずの小編にまとめて公開しました。「小吉物語」の合巻本を改訂した理由は、初版の上梓以来、この作品が引き続き根強い関心の対象になっていることがアクセスアナライザーのレポートから知れているからです。尚、英紅炎の作品と共に、このサイトの発行の主体も「Cohen eBooks(コーエン イー ブックス)」に変更しました。
2012年1月17日
 「TAKU KANDA SELF-SELECTED PHOTO COLLECTION」(タク カンダ直撰写真集)を公開しました。これは、1975年以降に撮影されたタク カンダの写真の中のベストチョイスを集めた写真集です。僅か二ページの前書にタクカンダの写真に対する基本的な考え方が述べられていて、撮影場所とその時期を示す頁と奥付以外は、文章は一つもありませんので、肩が凝らずに写真をご鑑賞いただけるものと思います。トップ頁のサムネールをクリックしてオンラインでお楽しみください。これはまた、筆者のライフワーク シリーズ最後のイーブックになり、これにて筆者の創作活動を打ち切ります。
2012年1月17日
 途中まで書きかけの中編「拾った男」を何とか書き上げて加え、全六篇からなる「現代艶本短編集」を公開しました。これはタイトルの通り現代の性愛風俗の潮流に基づいた作品で、前半の三篇は、筆者の少年期の経験を素材にしたもの、後半の三篇は、最近日本の社会に現われている様々な性風俗の現象を素材に採ったものです。最新作の「拾った男」は、独立した長編物語にする予定だった作品ですが、大急ぎでまとめて、単行本版で本文226頁の作品に仕上げました。これは、随所に表れる禁句の乱発を除けば、「艶本」のジャンルにははいらない、どちらかというと理屈っぽい作品です。
2011年10月10日
 艶本[えほん]「初恋」の前置きと後書の記載事項の誤りを、初版公開後初めて訂正しました。それは、この物語がロシアの文豪チェーホフの小説「初恋」に題材を採ったものだ…、と書いていた下りですが、このほどようやくそれがツルゲーネフの短篇小悦に題材を採ったものだったということを確認して、訂正したようなわけです。何しろ私がその小説をボケットブックの原本で読んだのは、まだロシア語を学んでいた頃の四十年も前のことで、私はすっかりその小説がチェーホフのものだと思い込んでいました。チェーホフにも「初恋」なる小説があるのかどうか確認していませんが、あったとすれば、それが誤りだったとは誰も指摘しなくても不思議はありません。しかし、このほど、身辺整理とて、数多ある蔵書を整理していて、そのポケットブックが出て来て、今も鮮明に記憶に残る挿絵で、それが間違いもなくツルゲーネフの作品だったと確認するに至り、そうとなると、そのまま誤りを放置できなくて、チェーホフを全部ツルゲーネフに書き直したようなわけです。げに思い違いや思い込みは恥ずべき誤りを生むもの、誤りは改めるにしくはなし…、とあらためて覚った次第です。